教育と労働 (1)

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人生の中でさ、教育と労働って基本的にはきっぱり分かれているじゃない。
20前後くらいまでは勉強勉強、それ以降は死ぬまで仕事仕事ってさ。
勉強と仕事ってもっとごちゃ混ぜになってた方がいいんじゃないかとつくづく思うんだけど。
最近英語と日本史をやってるんだけど、10代なころはくそつまらないと思ってたものが
なんかやたら面白くなっててびびる。でももっともっとやりたいのに時間が取れない。
ニコニコでNHKの番組とか見つつ、Wikipediaで気になる単語を調べてるとあっという間に1日終わる。
結局何がきっかけで興味を持つかなんてわからない。
でも興味があるときに吸収するのが一番効率がいい。
学生時代はそれなりにはまっていた理数工系の話は今全然興味がなくなっていたりする。
教育のすばらしさというのは労働を味わった上で知ることができるものだし、
逆に労働のすばらしさは教育あってのものだ。
なぜ、子供のころあんなに勉強する必要があったのかさっぱりわからないし、
なぜ今こんなに勉強する時間が取れないのかわからん、こんなシステムつまんない。

たぶんつづく。

コメント(3)

wiz@_( (_´Д`)_ :

>なぜ今こんなに勉強する時間が取れないのかわからん
基本的に子供も大人も勉強したい(学びたい)という意欲はどんどん失われていると思う。
そのため、仕事だの何だのの中で勉強するということが「周りとは違うこと」になっていて、
それ故にそういうことをやろうという雰囲気がないところが多いためではないかと。

と り あ え ず

わっふるわっふる

yuch :

大多数の人は社会に出た後になって勉強したいと思ってないってことかな。
仕事に追われ生活に追われる中だから、というだけで
余裕が生まれれば学びたい意欲は何歳になってもあるんじゃないかな。
個人の意識より先に社会のシステムありきになっているように思えて。

wiz@_( (_´Д`)_ :

学生時代でも社会人でも勉強してより高みを目指そうという人がいるのは、事実なんだけど、
余裕が出来たらだらける遊ぶな人のほうがはるかに多いのが今の日本だと思う。

そもそも大学辺りになると半分社会人みたいなものな訳だけど、講義とか試験とかいい加減なのが多かったなという話。
まぁそもそも私が異常なせいでほかがぬるく見えるのかもしれんが、なんつーか自分で選んだ進路で高校=>大学と進んで、
専門科目とってるのにその程度なんですかみたいな感じなのがネ。
最も、中学よりかは大学のほうがやる気のありそうな人の数はやや多かったけど、大多数は真剣みが足りなく見えた。

という話。

でもまぁ実際問題として、大学でも過去問過去問、IT会議室とかmixiとかで基礎的管質(くだらない質問)をして、
業務なので有識者の意見を…とか見ると('A`)モウネ・・・

日本の社会における技術は、やっぱり一部の向上心のある人が支えてるんだ('A`)ナァ、と思える。
既存システムの引き継ぎでコード読んでみたら(´Д`;;)工工工工エエエエェェェェェェェェってのばかりだし。
CPUいくつも積んだサーバでシングルスレッドとか、データベースの列に1を足すのにSELECTしてからプログラム側で1足して、代入UPDATEするとか('A`)モウネ・・・

でもまぁ、まだまだ日本を支えられるくらいの、向上心のある人が残っているのは事実みたいね。
いつまで持つかわからんけど…

何にせよ、向上心のある人がごみのようだ、フハハハハ、ってな位に、向上心の無い人が居ると思いまっす。

_( (_´Д`)_ ま、そんな感じで。

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このページは、yuchが2007年11月16日 21:11に書いたブログ記事です。

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