リセット
誰かにリセットボタンを押されてしまったら
自分だったらどうなるのかなぁ。
あまりにも痛々しい現実を目にしても、
心のどこかで羨んでるなんてきもちわるい。
リセットボタンを自分で押せるひとって、
強いってことなのかなぁ。
守るモノがないってことなのかなぁ。
あるいは執着がないのかなぁ。
ふつうの人間は押せないよ。
溜め込んで溜め込んで電源ぶち抜くひとはいるけど、
なんでリセットできないのだろう。
ひとつひとつ自分の持っているモノを改めて眺めてみると、
別に消えたら消えたでかまわない。
その程度のモノばかりなんだけどなぁ。
自分で捨てる勇気はないんだね。
誰かに燃やして欲しいんだね。
持とうとすることはいいことなのか。
いっぱい持てばそれだけ捨てられないモノが増える。
それだけ悩みの種が増える。
ほんとうに考えなきゃいけないことに頭が回らなくなる。
わかっているはずなのに、ときどき気付くのに、
また明日になれば社会に溶けていく。
持つことが成功なんだ、持ってない奴は負けなんだと、
そんな洗脳に侵されて、また当分帰って来れなくなる。
やれやれだぜ。
無人島に行きたい。
砂漠の真ん中でもいいや。

まぁあれですよ。いつか必要になるかもしれないから捨てられない理論って奴。
持ったものはタダでは捨てないと。結果的に損する可能性があるかもしれないけど、
得する可能性があればなかなか捨てられないと。
確実に損すると解ってるものなら捨てられるとおも。
持つこと=縛ることなんですよね。
長旅をするときには荷物は少ないに越したことはない。
その方が身動きが取りやすいですから。
でも目に見える価値の方が安心する。
可能性よりも事実が欲しい。そういう傾向があります。
位置エネルギーを捨て去ればその分が運動エネルギーに変換できると思うのです。
どちらも同じエネルギーであり、どっちがいいというものでもありませんが、
わかりやすい方だけ見てると適切なリスク管理ができなくなると思うのです。