排泄
だめだめへろへろぐだぐだ。
今日はいつにも増して萎えモード。
鬱とは違うんだな。
最近どうも精神が鈍くなった。よく言えば堅牢になった。
昔はかなり繊細な心の持ち主だったような気がする。
それは世間の荒波に揉まれてガラスの欠片の角が取れて滑らかになったようなものなのか。
だが歯車の一部としてシステムの一部として組込まれた感は全くない。
大人になるってか。最悪。単純に狡々しくなっただけと思いたい。
いやそんなものは独断以外の何物でもない。
他人の視点は興味ないわけではないが都合が悪ければ無視するに限る。
ある意味どうでもいいんだ。
アナーキズムやニヒリズムとは別次元のかったるさ。
こうして人は老いてゆくのか。
しかし周りを見渡してみるとそうでもない。
私だけ老いていゆくのか。
新鮮さがない。輝きがない。
萎える。鬱らないが萎える。
萎えまくりだ。勘弁してくれ。
一時的な感情だということは経験的に承知している。
明日になればまた別の感情が支配する。
ストリームを止めることはしない。undoはしない。そのまま。
たまには流れのままに排出してみるのも面白い。
精神は鈍感で堅牢になったは良いが一つ摂取しないと弱っていくものができた。
コミュニケーション。
会話。接触。ないと生きてけない。
昔は面倒なだけだったはずなのに。しかし変化は良い。
変化とは拡大だ。基本的には変化して悪いことはない。
変化がループしているとなると話は別だが。
新しい領域に侵食しているならプラスにはなっているはずだ。
萌えが足りんのか。
仮想世界への興味は失したわけではない。
いやリアル萌えでも同じだ。
やりたいことがある。やらねばならぬことがある。それは使命だ。
私が私に課した使命だ。
私のレゾンデートル、存在理由だ。
存在理由は自ら作らねばならない。虚構か否かなんてナンセンス。
縛られているのか。いや自由だ。
何もかも自由過ぎる。束縛は自分で自分に科すものだ。
束縛とは自由だ。人間に自由以外が与えられているのか。
少なくとも私は自由以外を感じることができない。
しかし縛られている。自由に縛られている。
自由でありながら縛られている。
ポリシーに縛られ見栄に縛られ世間体に縛られ、
好き好んで動けなくなっている。マゾヒストなのだろうか。
しかしそれは私だけではない。
束縛がこの社会を安定化している。
それとも社会の安定化が束縛を推奨しているのか。
どちらにしろ動けなくなっている。
動ければいいわけではない。
しかし。否定。否認。否決。停止。終了。
