2009年3月アーカイブ

シェアハウス

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最近文章を書く気が起きない。なんでかわからんけど。
ブログを書かないくらいならいいんだけど、
メールの返信ですらめんどくさくて困る。
めんどくさいってのは連絡を取り合いたくないわけじゃもちろんないんだ。
聞きたいこと、伝えたいこと、いろいろあるんだけれど
なんなんだろうか、キーボードに打ち込むのがめんどくさいんだな
携帯のメールは会話してる感じだから抵抗ない。
問題はパソコンのメールだ。放置すればするほどめんどくさくなる
これはいけない、なんとかしなければと思いつつも変えられずにいる。

今日はシェアハウスを見に行った
戸建を数人でシェアしている家だ。
シェアハウスはオーストラリアでは3箇所暮らしたことがあるが、日本ではまだない。
シェアハウス自体、日本ではまだまだ絶対数が少ない。
最近だんだん増えてきているようではある。
個人的には潜在需要はかなり高いと思っている。
シェアハウスの良いところはいろいろあるんだけど、
まずは家具や電化製品を買う必要がないところが挙げられる。
日本では若者の一人暮らしというのが主流だけれど、
一人暮らしは物凄く無駄が多い。非効率だ。
洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯機、その他諸々、
電化製品は一人で独占する必要性が全くないものばかり。
機器自体のコストと配置スペースの2重で無駄である。
そして家具や電化製品を揃えれば揃えるほど、動きにくくなってしまう。
引越しない理由は何か、そこが気に入っているから、
というよりは面倒だから、という理由をよく聞く。
しかしシェアハウスというのは、赤の他人と同じ家に住む
わけだから多少の抵抗感は理解できる。
でもこの国は世界でも最高レベルに治安が良いわけだ。
基本的に日本人は他人を信じる、性善説な傾向が強いわけで、
この国よりもずっと治安の悪い国で当たり前になっている
ことを考えると広がる可能性はあると考えられる。
ただ、僕がオーストラリアで感じたことは、
シェアハウスに住むということは家族まではいかないまでも
友達くらいには近い関係になるということなのだ。
赤の他人から友達になるからこそ、信頼が生まれるので、
人見知り傾向の強い日本人が赤の他人のまま共同生活するというの
やはり無理があるように思える。

シェアハウスを見に行った後、続いてゲストハウスに行った。
ゲストハウスとは、シェアハウスとバックパッカーの中間的存在だと思う。
ちゃんとした個室はあるんだけど、シャワールーム・トイレ・キッチン・リビングは
共同でちょっと広め。ワイワイ騒がしいところもあるらしいが、
僕が今日行ったところはとても静かだった。
日曜の午後だからってのもあるが、いい意味で閑散としていた。

今のインターネットのご時世、人々はどんどん孤独になっているように思う。
孤独でも楽しければいいって言う意見も多いけれど、
ういう人たちは本当に本心から楽いと思ってはいないんじゃないか
でもどうしたら楽しくなるのかわからないし、めんどうだしで、
今の状況を肯定するしかなくなっているのではないだろうか。
とはいえ否定するだけで何とかしようとしないくらいなら、肯定した方ずっといいとは思う。

いろいろな共同生活のかたちがあっていいと思うし、
それを経験することで自分にとっての心地いい他人との距離感
なんかも掴めてきたらいいのではないかと思う。
僕は今のところあまり住居に縛られたくないので、
シェアハウス、ゲストハウス、というシステムはとてもありがたい。
世界中いろんなところを転々としながら暮らすっていうのが僕の夢のひとつだ。