2006年8月アーカイブ
昨今の自分を鑑みてみますと、自分自身に対する現実と理想の乖離が
大きな問題として頭を悩ませているように思われます。
何をしても満たされないというかね。
理想という見えないかたちをあまりにも克明に刻み込みすぎたのでしょうか。
ここ半年、自分自身のこれからについて考えすぎたのかもしれません。
でも良かれと思ってやったのです。
自分の進むべき道を具体化したかった。後回しにしたくなかった。
だからできるだけ視野を広げようと思った。
たくさんの本を読んだ。たくさんの可能世界を描いた。
夢を語ることから逃げないようにした。
具体的なプランを自分にも他人にも話すようにした。
そういった過程の上で自分の方向性も大きく変化した。
それは成長への第一歩であると自信を抱いていた。
しかし、あまりにもあるべき姿、ありたい姿に目を向けすぎた。
そして僕は今、戸惑っています。
細部まで描かれたこの理想という名の絵を前に。
そこに表現された美しさと力強さに圧倒され、
自分自身の矮小さがいたたまれなくなり、
いっそのことこの絵に火を付けてなかったことにしてやろうかとさえ思うのです。
僕がこんな絵を描かなければ、今こんな気持ちにはならなかったのではないか。
惰性にまかせて宙を漂っていればそれで満足だったのではないか。
人は理想を勝ち取ることによって満足を得るのです。
小さな成功体験を積み重ねることによって健康的に成長することができるのです。
そう、だから一段ずつでいいんですよね。
一段一段しっかりと登ればいいだけの話なのです。
でも目の前にはゴールに向けた一段が置かれているわけではありません。
360度あらゆる方角に存在する段差が、僕を睨みつけているように感じるのです。
こっちだ、こっちだ、俺を早く登れ、と数多の段差各々が主張を続けるのです。
僕はあっちを向いたりこっちを向いたりして、
登りかけてはまた落ちてを繰り返し、
結局全然前に進んでいないような気がするのです。
これはとても疲れます。
でも僕はてっぺんにある絵を焼き捨てる勇気もありません。
せっかく描いた絵ですからやっぱり勿体ないのです。
Lightweight Language Ring
昨日はLL Ringに行ってきました。
結局のところ「面白い言語」と「使える言語」は相反するものです。
Haskellで無駄のない美しいプログラムを書きたい、
Squeakで派手なことをいろいろやってみたい、
けどそんなことやったって金になりゃしないんですよ。
せいぜい本出して儲けるくらいしかできません。
だけど凡人が本を書けるレベルまで習得するのにはかなり時間かかるので割に合いません。
つまり完全に趣味にしかならない。
i-Company主催 仕事の筋トレセミナー「プレゼンの極意」に参加してきました。
講師はワーク・ライフバランス社長の小室さんです。
すんごい面白かったです。プレゼン激うまです。
・最初に危機感/問題意識を共有してもらう。自分の個人的な動機を話す
・提案概要、結論はいきなり提示することで引きこむ聴かせる。もったいぶらないこと。
・なるほどポイントを幾つか用意。誰かに話したくなるようなトリビア的おみやげ情報を盛り込む
・Win-Winを明確に。お願いにしない、対等な立場からお互いがプラスになる提案を
・締めは事務的なものにしてはいけない。未来予想図で幸せな未来を思い描いてもらう。
・余韻を残した状態でQ&Aに繋げる
・場数と練習が命!プレゼン機会は自分で掴み取ること
・完成形で10回以上練習する。準備不足だと思うことが緊張に繋がる
・価値観か異なる人(お母さんとか!)に聴いてもらうとグッド
・必要なデータ以外使わないこと。苦労して手に入れたデータは使いたくなってしまうのが人間・・・
・自分も聴衆もリラックスさせる。笑顔。
・リラックスしてもらえば評価も甘口になるw
・両腕を大きく広げる身振りをするとリラックスできる
・会場に慣れておくこと。できれば会場で1回通してみる
・そのスライドの結論となる文を最後にスライドインさせる
・グラフは見て欲しいポイントを矢印や丸で囲む。見て欲しいところだけを見てもらうため
・プレゼン資料は最低1週間前に完成させること
・サクラを使えるなら使うのも手。用意周到性をアピール&時間内に収まりきらなかったことを話せる。
・ネガティブワードは使わない。強引でもポジティブに変換する。
・盛り上げどころを作る。ためてひきつける。
・最後のスライドに入るときは「最後に」と言う。あれ?終わり?と思わせないこと
・聴衆に問いかける。答えてもらう必要はない
・自分に注目してもらいたい時はBボタンでブラックアウト
・個人的動機が重要。なぜあなたなのか?に対する答え
・私なら壁を乗り越えられますよというアピールには、熱いプレゼンあるのみ!
この時期は蝉の遺体があちこちに散乱しております。
やつら路上にひっくり返って死んでると思わせておきながら
暑さに負けるな目を閉じたら終わりだぞとふと思うのか
いきなり羽をばたつかせて暑苦しい叫び声と共に暴れ出すことがあります。
頼むから心臓に悪いので大人しく眠りについておくれ。
蝉のダイナミクス、躍動感というか生命力というか、
あの漲るパワーが夏ばてまっさかりの僕には羨ましい・・・だがしかしキモイ。
とそれはいいとして、
本日、登戸の我が家に帰る途中、実に衝撃的なモノを見てしまいました。
夏もピークを過ぎ、蝉の鳴き声も勢い弱まった夕暮れのことであります。
私は仕事もしてないのに、というかしてないからこその
このだれた体を引きずるように歩いておりました。
すると向こうから一人の中年サラリーマンらしき姿が見えました。
こちらに向かって歩いてきます。
左手にカバン、右手でスーツの上着を肩にひっさげています。
ネクタイはしておりませんでした。今はやりのクールビズです。
ちなみに私はネクタイしております。いやそんなことはどうでも良いのです。
彼がこちらに近づくに従って、
私の胸に何か言いようのない違和感が膨らんできました。
黄昏時ですから彼の顔ははっきりと見えませんでしたが、
その歩き方からかなりの疲弊感が覗えるようでした。
そして私の目が、彼の下半身を捉えたとき・・・
その時、特派員は見た!
「な、なんだってーーー!!!」
目を疑いました。
私は幻覚を見ているのでしょうか。
何が私を知らず知らずのうちにそこまで追い詰めていたのでしょう。
私が見たのは、
彼(中年サラリーマン風)の股間に付着した・・・
蝉だったのです!
蝉は揺られながらもこの手離すまいとしっかりとつかまっていました。
それを見た瞬間、私の頭は真っ白になりました。
今までの自分の人生は一体なんだったのか、
私という人間そのものを全否定されたように、
全てがわからなくなりました。
今こうして正気を取り戻し、あの時の状況を鑑みてみますと
蝉君は何故あのような人間を侮辱しているかのようにも捉えられかねない大胆な行動に移ったのか、
中年サラリーマンは何故、あのような蝉の身勝手な領土侵犯を人間的包容力でもって許し得たのか、
そのようなはっきりとした疑問が沸き上がってきたのであります。
中年サラリーマンはまさか、まさか全力で自己主張していた蝉君をシカトしていたわけではあるまいと思うのです。
それは流石に日本人としての礼節に欠けた行為でしょう。
しかしいくら考えてみても、他人は他人、私は私。
人は人、蝉は蝉であり、その間には越えられない壁が立ちはだかっているのであります。
ですから、結局のところ意図など、動機などわからないのです。
我々観測者としては、事実をただ客観的に、ストレートに受け入れるしかないのです。
中年サラリーマンの股間に蝉がとまっていたと、
ただそれだけなのです。
それさえ受け入れてしまえば、世界はまた回り始めるのです。
休暇について。
時間の2乗に比例するとまでは言わないが、
時間経過とともに変化率(体感)が上昇します。
人生も同じですよね。
どこかで体感時間の折り返し地点が18歳という話を聴いた時、
そんなもんな気がするなぁと根拠もなく納得してしまいました。
休みは、ある地点(1週間くらいかな)を超えると、
ガーッと怖ろしくなるスピードで時が流れていきます。
だから学生時代は長期休暇はいらないから、
毎週水曜日を休みにしてくれたらいいと思っていました。
連休は1週間程度がリミットだと思います。
それ以上休むと凡人は腐りかねない。
つまりは変化がないから体感時間経過が速く感じるわけで、
毎日が驚きと冒険の連続だったらノープロブレムなはず。
計画的に要所要所でイベントを設置する才能が問われるわけです。
それを怠るから無気力になる。ひきこもる。生きるのがだるくなる。でも死ぬのもめんどい。
学校や会社の存在意義はイベントの設置を代行してくれることが大きいと思います。
だりーなだりーなといいつつも学校や会社に行けば何らかの変化が与えられます。
受動的であれ能動的であれトリガーは向こう側にあるのです。
学校や会社を離れるとトリガーの発生がアウトソーシングできなくなります。
自ら計画的にトリガー生成を行う必要が出てきます。
他責にできない、自分との葛藤という点ではニートは良い修行ともなるでしょう。
修行の中で負け続け、自分に自信が持てなくなり、社会復帰できなくなるという危険性を秘めた諸刃の剣ではありますけどね。
というわけで今の自分の状況って微妙に危険だよなぁと思う次第であります。
しばらくmixiに移ることにしました。
とりあえずここは放置の方向で。
では!
久々に秋葉原に行きました。
ヤマギワリビナでワーキングチェアを探しに行ったのだが
残念ながら目当てのものはありませんでした。
今日はヲタクの祭典最終日なので、
ひょっとしたらアキバの密度は下がっているか?
なんてありえねーよねははは。正直夏はしんどい。
一刻も早くこの場から立ち去りたいと思いましたよ。
でもせっかくだし、本でも物色してきますかとラオックス
コンピュータ館の最上階、技術書コーナーに立ち寄りました。
自己表現というのはバランス感覚が大事だと思います。
ある方向に偏った表現をしていると、同じ方向に
偏っている人間にしか受け入れてもらえなくなります。
それ以外の人はというと、○○ヲタきんもー★てなわけです。
世渡り上手で八方美人なナイスガイの自己表現を見ていると、
常々バランス感覚に長けていると感じます。
何かを極めるというのは格好いいと思いますし、
極めようとしている人は尊敬します。
でも僕はそうできなかったと。
今からでも遅くはないけど、これ一本で行きます!と将来の
自分に対して自信を持って断言できるものはありませんし。
だから広く浅くでもバランス感覚には気をつけたいと思います。
世の中が複雑化して、知りたいと思えばいくらでも知れる時代になった今、
時間のマネージメントを徹底しないとバランスの取れた入出力は難しいのです。
