2004年5月アーカイブ
継続は力なり。
私は継続することができない、もしくは継続しない人間なので、
この言葉を本当の意味で実感したことがない。
それでもこの言葉がとても重要であることはわかる。
ある程度大きい目標を達成しようするとき、
一番重要なのがこの継続であると思う。
一番重要なものは、特定の才能とか素質といった先天的な能力ではない。
どんなに音楽的素質を持って産まれた人間であっても、
1年しか楽器を触らなければ、人を感動させる美しい旋律を編み出すことはないだろう。
どんなに数学的才能を持って産まれた人間であっても、
1年しか計算したことがなければ、未だ解決されていない数式を証明することはできないだろう。
一番重要なものは、努力ではない。根性でも気合でもない。
熱血でも勇気でも愛でもない。
これらによって短かい期間なら目標に向かって集中することができる。
しかしそれが続かないのなら一体何になろう。
継続こそが力なのだ。
継続がなければ話にならない。
継続があることがまず目標達成の第一の条件。
私は物事を継続することができる人間を羨ましく思う。
毎日1章分必ず小説を読む人。
毎日1枚必ず絵を描く人。
毎日5分必ず筋トレする人。
毎日1回必ずblogをエントリーする人。
どれも素晴しいことだ。
私はどれもやろうと思ったことはあるが、
どれもできなかった。あるいはしなかった。
継続することができる理由には2つ考えられる。
1つ目は、意志の強さ。
「絶対続けるぞ、意地でもやめないぞ」
その言葉を実現することができる強さ。
2つ目は、限定された事柄に対する関心。
あれもこれも興味を示したりしない。
「自分はこれだ、これが全てだ」
と言い切れる何かを持っていること。
それ以外のことに時間を割くなんて勿体無い、
と思えるほどにその事だけに関心が集中していること。
このどちらかがあれば継続することは可能だと思う。
どちらもなければ継続することはとても難しい。
ただし、必ずしも継続できる方がいいというわけではない。
継続することに理由があるのと同じように、
継続しないことにも理由があるのだ。
私が継続しない理由は、興味の対象が常に固定されていないからだ。
ある時は小説をひたすら読み、ある時はひたすらプログラムを書く。
ある時はひたすら呆と何もせずに時間を費やし、
またある時はひたすら絵を描いたりしたこともある。
その時その時にやりたい事をやっているだけである。
それを無理して一つの事だけをやることにしても楽しくないではないか。
私が嫌いな言葉を2つ。
「終り良ければ全て良し」
「目的のためには手段を選ばない」
私にとって重要なのは手段だし、過程だ。
目的なんてものは手段や過程のために後付けされたものに過ぎない。
目的達成のために最も重要なのは継続だ。
しかし私は目的達成のためだけに生きているのではない。
楽しくなければ意味がないのだ。
だから私は継続しない。
テスト。
